トカイトイナカ

都会と田舎の2拠点生活を実践する子育てラボ

古民家さんこんにちは。

2021年12月22日。大安。

とうとう古民家さんをわが家に迎えることになった。

ニコニコ現金決済であったため、先週と今週は毎週コツコツとATMに通った。

ATMで引き出したあとは、50万円ずつの束

にしてお札を数えた。

こんなに現金を見たのは久しぶりだった。

お札はただの紙切れだけど、これは労働の対価として私が得たものなのだ。

しみじみする。

30代の私なら、将来が不安でお金を手放すのが怖かった。

でも、今はお金に対して少しフラットな気持ちで向き合えるようになった。

お金はただのお金。活かさなければ意味がない。

 

そして、人生は有限である。

 

このお金を払って、私はその対価として古民家を守ってきた方の仕事をいただいたのだ。

そう思いながら、風のようにさらっと、でも、丁寧にお支払いをした。

契約日はあいにくの雨だった。

色あせたイナカの町を改めて歩き回った。

冬空は高かった。

あちこち空家だらけだ。

とてもポテンシャルがある街なのにもったいないと思う。

何かわたしにできることがないか。

ヒントを探しながら歩いた。

リサイクルショップではとても珍しいアンティークなオルガンをみつけた。

トカイなら2倍の値段はするのではないだろうか。

この街でわたしはなにができるかな。

もはや住人の気分である。

 

でも、今はまず、わたしと縁あって結ばれた古民家さんを愛しく思って、少しずつ手入れをしよう。

台所にある井戸も、五右衛門風呂も、へっついさんも。

簡単に刷新せずに、古民家さんの気持ちを伺いながら、お直しをしよう。

そんな気持ちがうまれるのをかんじながら、少しだけ椿の木を刈って、古民家をあとにした。

トカイとイナカ、世界観が違うと感じるアルアル

今週末は物件購入のための手付金を支払いに、イナカの不動産屋さんに行った。

現金での支払いとのことでまずは驚いたのだが、行ってみると売主さんが同席され、

なんと現金を売り主さんに手渡すこととなった。すごくリアルだ。

トカイの生活ではもう現金を直接受け渡すことがほぼないので、新鮮であった。

もっと驚いたのは、ニコニコ現金払いは、手付金だけではなかったこと。

次回は久しぶりに札束を持って、ハラハラしながらイナカにいくことになる。

衝撃的だ。

同じ日本なのに、なんだか別世界に入り込んだような感覚だった。

 

不動産屋さんに立ち寄った帰りに、古民家で現状を記録したいと思い、撮影を行なった。

スマホジンバルを片手に撮影をする私は、コミュニティの中でさぞ不審であった

ろうと思うが、そんな私に野球少年たちが爽やかに脱帽しながら「こんにちは!」と声を

かけてくれた。

かわいすぎる・・・。

確かに、私が幼少期にイナカにいた頃、地域で知らない人にあったら、出会い頭には

「こんにちは!」というように学校で教育されていた。

実践もしていた記憶がふと蘇る。

社会人となってトカイに住み始めてから、見知らぬ人と特段の理由なく

挨拶を交わすことがあっただろうか。

否。

これもまた、まるで海外に来たかのような、衝撃を覚えた。もはや異文化

なのではないだろうか。

やっぱりトカイとイナカは世界観が違っていていい。

 

 

 

 

トカイでの情けない日々を経てイナカの自治会との面談

先週は子供のテレビの音、ゲームの音、一瞬も片付かないキッチンに私のストレスははちきれんばかりであった。

仕事も追いつかず、周囲の人との余談にも付き合う余裕がなかった。

時短勤務なのにどうしてこんなに苦しいのだろうか。

世のワーキングママはこんなにも辛い思いをしているものなのか。

微量なノイズが脳にじわじわと蓄積されていく。

蓄積されたそれらのノイズは、疲労物質となって私を侵食していく。

 

限界だ。

これ以上溜めたらまずいことになる。

 

女は、それがたとえそれが母であっても、テレビとゲームにしか興味がない「オス」

には母性がわかないようにできているらしい。

無償の愛で、何かをしてあげたいという思いが枯渇していく。

 

試行を凝らして一人一人の成長に合わせて揃えたおもちゃ。

それらはいつも喧嘩のたびに投げられたり、兄弟喧嘩のもととなったり、

常に部屋中に散乱している。

私は大声でこどもをしかりつけるばかり。

そしてエンドレスな片付け係。

 

いったい何のためにやっているんだろう。

こどもたちを愛でてあげることも、トカイの家を愛でてあげることもできない私が

イナカの家を愛でてあげるなんてできるはずがない。

私にはそのちからが ノコッテイナイ。

その事実がくやしい。

涙があふれる。

 

翌朝はイナカの自治会長との面談だった。

重い気持ちをひきづりながら車に乗って1時間半。

ビルを抜け、街をとおり越し、次第に広がる冬空や紅葉が終わった後の優しい色合い

の山景色に包まれ、少しずつ私のこわばった体が緩んでいくのがわかった。

車の窓から新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。

 

自治会館はイナカの家のすぐそばにあった。

 

移住者支援の一環で、市の職員さんが同席してくださる。

自治会長さんがイナカの自治会の活動についてひととおり紹介される。

 

イナカでは、エリアで組分けがあって、年に数回、組ごとに寺や神社、道の清掃を行なっている。

本来は自治会で所有している山の管理も必要だが、高齢化に伴って手が回っていない様子だった。

自治会長さんによると、自治会への参加に煩わしさを感じ、

加入に拒否感を持つ若い移住者もいるとのことであった。

けれども私たちはそこらへんの心がまえはできていた。

町を利用する限りは、たとえ2拠点生活であっても、積極的に自治会活動に参加していくつもりだった。

むしろそのことを楽しみたい。

そんな所信表明をすることができた。

 

こうした自治会とのマッチングは大変ありがたいシステムである。

こんな機会をいただいたことに感謝だ。

「責任と権限は一致する。」

市の職員さんの言葉に私も同感しきりだ。

 

1時間半ほどで面談を終えた後、もう一度古民家を見に行った。

古民家の庭から空と山が見えた。

すっきりとした空気に、心が晴れあがっていく。

 

古民家は前よりも佇まいが明るくなっているように見えた。

この子も人の出入りが嬉しいんだな、とおもった。

 

その後は子供たちをひとしきり廃校になった小学校で走らせた。

おかげで帰りの車では爆睡。

夫とまとまった時間、たわいのない話をすることができた。

こんな時間はなんて久しぶりのことだろう。

 

契約を終えたら、植えたい木はすぐに植えようね

道の駅で200円で売っていたから、ゆずはいらないかもね

でもゆずの木はもう畑にあったよ

それ以外の実のなる木はいったい何がいいかな 

はやくしないとあっという間に60歳だね

 

1日イナカにいただけで、私の心の老廃物が溶けて、体から抜けているのがわかった。

こどものためと思って始めた2拠点だけど、どうやら私にも必要らしい。

 

明日からまた頑張ろう。

いや、頑張りすぎないように頑張ろう。

次の日、不動産の担当者さんに、最終の連絡をした。

「契約の手続きをよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

ものづくりふたたび

イナカの神社で拾ったどんぐりと、トカイの公園で拾うどんぐりの種類は異なる。

イナカの方のは、ぷっくりしている。トカイのはひょろい。たまたまか。

そのおもしろさを感じながら、毎週末ふえていく一方のどんぐりを使って、クラフトを作ってみたくなった。

トカイの100均で購入したリースや、コルクボードにトカイとイナカのどんぐりをペタペタはりつけたらなんとなくいい感じになった。

こんなことは今までしたことがなかったけれど、意外とできるかもしれない。

じぶんでもつくれるかもしれない。

「つくる」ことの自信を少しずつつとりもどしていく過程。

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トカイにいてイナカとつながれるアイテム

実はもうひとつ、古布でいずれ服をつくれるようになりたいとの願いを込めて、

つくったもの。

それはクッション。

子供に汚されても腹が立たないクオリティで作成。

ミシンがないため手縫いだ。

こどもの入園の袋類はすべて100均にお世話になったわたし。

ひょっとして、裁縫もできる、かもしれない。

最初の一歩だ。

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イナカの古布屋で購入した布。クッションになるとは布も思っていなかっただろう

 

トカイの大型書店での教訓

・農業に関わる本は書棚の下段にあって探し    にくく、編集があまり洗練されていないものが多いから、いつか自分でつくってみよう

・先人の知恵と知識は偉大で面白すぎる。読んでいたら人生が終わってしまいそうだから、インプットはほどほどにしよう

 

この古民家買います

思えば2021年3月のコロナ禍、旦那さんが茅葺の古民家が260万円で売られている、面白いからドライブがてら見にいこう、と誘ってくれたのがきっかけで始まった2拠点計画でした。

空家バンクで候補の物件を家族で見ていく中で、10軒目くらいに出会ったお家に心を奪われました。その勢いのまま、2021年8月のお盆に不動産屋さんに早速購入の意思を伝えました。現在11月末。未だ契約には至っていません。

それはなぜか。

実はその土地の持ち主の隣家との境界線が曖昧だったため、境界線を引き直したり、農地だとしていた土地に農業組合に申告せずに納屋を建てていたため、農業組合で再度その土地は農地とは認めず、改めて審議が行われて宅地判定に至り、私たちの固定資産税も変わってしまったりした。

「そんなことは販売する前にやっといてよ」のオンパレードなのですが、面白すぎて知り合いの不動産屋さんに話してみたところ、「そんなことだから田舎に人が住まないのです!」とその不動産屋はご立腹でした。

でも、私は元々田舎出身なので、これぐらいは想定内ということで、ゆっくりじっくりあのお家を手に入れる時期が醸成するのを待っています。

この時間も愛しいのです。

古民家を買うと決めてからは、生垣の本、石組の本、自然農の本、古布の本、大工道具の本、庭づくりの本、民藝の本など、読む本の幅が大きく広がりました。

道を歩いていても木の種類や植え方のついてまじまじと見るようになりました。

何を見ていても学びに繋がり、ワクワクが止まらない忙しい毎日です。

そんな中、昨日、ようやく不動産屋さんから一本の電話がありました。

市の空家バンクを介する売買であるため、自治会長との面談のアポイントをとってくれたのです。

私は手土産を持っていっても良いかの確認を入れつつ、次週に迫る町内会長との面談にあれこれ想像を回らします。

私がこれまでに聞いた情報によると、二拠点生活であることから

いわゆる「ムラ入り」ではない形で、当初はスタートする旨を上手にお伝えしていきたいと思います。

そうすることで、受け入れされる方々に私たちの扱い方を決めて

いただき、ご迷惑をかけない形で、ゆっくりと地域に溶け込んでいきたいと考えているのです。

ですが、田舎で家を購入する場合、引っ越しが決まってから親戚から販売のストップがかかって断念した体験談を聞いたこともあり、最後まで何があるかわからないな、と思っています。